神様、もう少しだけ
阪神・八木裕選手が今日、バットを置いた。
晩年(?)は「代打の神様」なんて呼ばれていたが、八木が登場したころは「掛布の後継者」であり「ポスト・ミスタータイガース」であったはず。
八木が阪神に入団したのは1987年。あの日本一となった85年の2年後のことだ。
ご存知のとおり、その後の阪神は暗黒時代を迎えるわけだが、その時代を支え続けた選手の一人が確かに八木だった。あのころの阪神といえば、夏を迎えるころには優勝争いから脱落してしまっていて、「八木がいいヒットを打った」「和田がファインプレーをした」なんてのだけを楽しみにナイターを見ていたものだ。
代打を専門にやるようになってからの八木は本当に「神様」だった。ココで一本、というシーンに登場し本当にその一本を打ってくれた。数年前の代打での打率は4割を超えていたという。いつ出番なのか判らない代打というポジションで集中力を維持し、コレだけの結果を残すのはある意味イチローよりもすごいことだ。
最後の打席も代打で登場。きっちりとライト前に弾き返した。
まだまだ「神様」の力が阪神には必要なんぢゃ...。なんて思ってしまうがそれは言うまい。
18年間ご苦労様でした。ありがとう。
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晩年(?)は「代打の神様」なんて呼ばれていたが、八木が登場したころは「掛布の後継者」であり「ポスト・ミスタータイガース」であったはず。
八木が阪神に入団したのは1987年。あの日本一となった85年の2年後のことだ。
ご存知のとおり、その後の阪神は暗黒時代を迎えるわけだが、その時代を支え続けた選手の一人が確かに八木だった。あのころの阪神といえば、夏を迎えるころには優勝争いから脱落してしまっていて、「八木がいいヒットを打った」「和田がファインプレーをした」なんてのだけを楽しみにナイターを見ていたものだ。
代打を専門にやるようになってからの八木は本当に「神様」だった。ココで一本、というシーンに登場し本当にその一本を打ってくれた。数年前の代打での打率は4割を超えていたという。いつ出番なのか判らない代打というポジションで集中力を維持し、コレだけの結果を残すのはある意味イチローよりもすごいことだ。
最後の打席も代打で登場。きっちりとライト前に弾き返した。
まだまだ「神様」の力が阪神には必要なんぢゃ...。なんて思ってしまうがそれは言うまい。
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Comment by やぎ on 2004-10-11 at 06:24
名前が名前なので、コメントしてしまいました(笑
確かにスコアリングポジションにランナーをおいて八木が代打で出てきた時は、一時期のクロマティを相手にしているのと同じくらいのドキドキ感がありました。そして打たれていたような気がします・・・